経営者が知っておきたい「人材確保」
2017年12月に日本銀行が発表した全国企業短期経済観測調査(短観)では、全産業全規模合計がマイナス31ポイント(プラスは過剰、マイナスは不足)と前回調査(2017年9月)よりもさらに2ポイント人手不足の傾向となっています。
内容を見てみると、すべての業種、規模でマイナスとなっていて、特に大企業よりも中小企業、製造業よりも非製造業でその傾向が高くなっています。これは日常生活においても肌で感じられる部分があるのではないでしょうか。
人手不足とIT化
このような状況の中で、「人材確保」が経営の大きな課題になりつつあり、人手不足がサービス提供のボトルネックになることで、ビジネスにも大きな影響を与えつつあることがうかがえます。一方で「働き方改革」の号令の下、すべての人はより効率的な働き方が求められているといっても過言ではありません。
もちろんITの活用による自動化や無人化などに取り組む例も増えてきています。例えばスーパーマーケットのセルフレジなどは最近急速に普及し、見る機会が増えていると思います。
このような取り組みも重要ですが、しかしすべての業務が一朝一夕に機械に置き換わるわけではありません。また、いくらAI(人工知能)が普及するといっても、人の仕事がなくなるわけではありません。
一方で、人に対して期待される能力は、環境の変化に応じて当然変化してゆくので、働く側もそれを意識した変革が求められてきています。
先の統計上の人手不足の背景には、単純な人数の問題だけではなく、企業が求める人と求職者のミスマッチに起因していることも考えられます。
新規採用と離職の防止
人材確保について考えるときに、大きく二つの側面を考えないといけません。一つは新規採用で、もう一つはすでにいる従業員の離職防止です。順番に見てゆきましょう。
人材採用のプロセスと特徴
人材採用は、まず不足している人員を外部から採用することで補充するという方法です。特に新規事業に取り組む場合などには、その事業の経験者を外部から採用することによってそのノウハウを生かしたりすることができるので有効な方法といえるでしょう。
しかしながら、一般的に採用には非常に多くのコストと手間がかかります。ごく一部の有名大企業であれば応募者も相当数集まり、良い人材を選別することもできるかもしれませんが、そうではない場合にはやはり求職者に見つけてもらう、選んでもらうという要素が必要になってきます。
その流れの例を考えてみますと
告知→応募→選考→内定→入社
となるでしょう。
ここで注目したい点が2つあります。
人材採用プロセスの主導権
一つ目は、それぞれのプロセスでの主導権です。
採用というと、どうしても選考する会社側に主導権と選択権があり、応募者側は選ばれる側というイメージが強くないでしょうか。これまでに知人などの話で「よくそんな会社入れたねー」などという会話をしたことはないでしょうか。まさに応募者は選ばれる側で、入学試験を受けるのと同じような感覚が残っていますよね。
しかし、先ほどのプロセスをよく見てみると、おもな5つのステップのうち、実は「応募」と「入社」の2つのステップは、応募者側に主導権と選択権があることに気づくでしょう。
つまり、会社が応募者を選択する前に、応募者は会社を選択しているのです。
人材採用は販売とプロセスは同じ?
二つ目は、このプロセス自体、実は何かを販売するプロセスとあまり変わらないということです。
潜在顧客の購買行動というのは、かつてはAIDMA (A(Attention:注目)I(Interest:興味)、D(Desire:欲求)、M(Memory:記憶)、A(Action:行動))というモデルで説明されることが多かったのですが、近年のインターネットの浸透により、AISAS(A(Attention:注目)I(Interest:興味)、S(Search:検索)、A(Action:行動)、S(Share:共有))というモデルに代表される、検索を中心にした流れになってきています。
このモデルは顧客が製品を見つけ、購入にいるまでのプロセスをモデル化したものですが、よく見ると採用活動にも当てはまることがわかります。
応募者は自分のバックグラウンドや適性、将来の方向性などを考慮しながら、条件と合わせてポジションを探して見つけ、応募します。もしここで選考が通って内定をもらえれば、めでたく入社となります。
人材採用の特性
ここで、現実は違うよと思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。実際にはプロセスの前段では、人材市場においてエージェントや代理人が介在し、条件などをマッチングして紹介されることが多いと思います。たとえて言うなら、不動産の賃貸や売買に近い感覚ではないでしょうか。
引越しを考えたときに、多くの人は不動産屋さんを訪ね、条件と物件を突き合わせながら候補の中から決めてゆくでしょう。直接家主を訪ねることはしないですよね。これは、不動産取引では様々な法的な取り決めがあるため、直接家主と交渉したとしても結局専門家の介在が必要になってしまうので、あまりお互いのメリットがないためという特性があるためでもあります。
では雇用に関しても同じでしょうか?雇用契約に関しては雇用者と被雇用者の間に有資格の専門家が介在する必要は基本的にありません。当事者同士が合意すればよいわけです。であれば、入り口をエージェントに絞る必要はないですよね。エージェント経由で採用をするということは、一見手間を削減できているようですが、エージェント側の能力に依存するとともに、時にはエージェント側の都合が優先されたり、また採用したとしても多額の手数料が発生するため採用コストが上がったりします。
また、応募者も自分で積極的に見つけるよりも、エージェントに条件に合ったところを勧められて応募するケースが多いため、そこまでの熱意を持てないケースもあります。
結果として、多大な手間をかけても、内定後に辞退されるケースも多々発生してしまうわけです。先ほどの顧客の購買行動のように、応募者が能動的に見つけ出し、応募した結果の内定だとしたら、辞退率はそこまで上がるでしょうか。
質の高い応募者に見つけてもらう
このように、人材を採用する場面においても、潜在顧客を見つけ出すのと本来は同じプロセスが必要なことがお分かりいただけたでしょう。
採用をエージェントにだけ任せるのは、商品を大手スーパーマーケットでのみ販売するようなもので、棚割りも宣伝も店任せで顧客は商品の生産者に必ずしも認識や愛着を持つわけではありません。その結果、最近の売り手市場においては、多大な採用コストをかけても応募者が集まらない、辞退率が高いなどの状況を生み出しかねないのです。
人材採用とマーケティング
一般の商品の販売においては、まずは認知度を上げるためにマーケティング活動を行うのが一般的です。ここで、潜在的な顧客に見つけてもらい、関係を築きながら最終的に購入してもらうことができます。これは現代の採用活動にも同じことが応用でき、人材採用の出発点はマーケティングであるということが言えるようになっていくでしょう。
マーケティング活動は先にも述べた通り、「検索」の比重が高くなってきているため、検索によって見つけてもらうということへの意識と取り組みが注目されています。これが「インバウンドマーケティング」の考え方です。ぜひこのインバウンドマーケティングのコンセプトと手法を実践し、効率と質を高めた人材採用に挑戦してみてください。
離職防止のためのアプローチ
続いて、すでにいる従業員の離職防止という観点での人材確保について考えてみたいと思います。
離職や転職の理由としては、給与や待遇、上司や同僚との人間関係、仕事のやりがいなどが多いと考えられています。
調査などによってその順位は変わりますが、それは本音の理由と建前の理由に差があるせいかもしれません。いずれにせよ、転職や離職などの離脱を起こす原因は、なんらかの不満や不安が原因になっていることが多く、それらは従業員満足度のところでも述べたように待遇、環境などの衛生要因と、やりがいや人間関係などの動機付け要因から成り立っています。
一般的に、人材のリプレイスコストはその人の年収の20%から30%といわれています。さらにこれまでの教育や育成の投資が回収できないうえ、一時的な生産性な低下や周囲への心理的な影響など、定量的および定性的な様々なマイナスの影響を与えることになります。また人材不足によって採用のコストは今後も上昇する可能性を秘めています。経営の観点では、人材確保は非常に重い課題になりつつあるのです。
では、離職を減らすためのアプローチを考えてみましょう。
すでにいる人材の離職を防ぐ
一つ目は、すでに働いている従業員に対してです。先に述べたように、転職理由は衛生要因、動機付け要因にまたがっており、また複合的な理由を形成することも考えられます。では、環境や待遇をよくしながら、やりがいを引き出すにはどうすればよいのでしょうか。
この好循環の出発点は生産性を高めることにあるのではないでしょうか。業務の見直しや効率化によって生産性を上げることにより、単純労働や長時間労働から解放することでモチベーションを高め、結果として業績を上げて待遇を改善するという連鎖を作り出すことが可能になります。
夢物語のようですが、決してそうではありません。現在はITの普及により、少し前では考えられなかったような高性能なハードウェアと高機能のソフトウェアが非常に安価に利用可能です。実際に日常生活の中ではその恩恵にあずかっているのに、仕事で利用できないとうのも理不尽です。
現在バズワードのようになっている「デジタルトランスフォーメーション」は、遠い世界の概念ではありません。
身近に起きている変化を自身の道具としてとらえ、ビジネスや業務に取り込むことによって、新たな顧客やビジネスモデルの提供にとどまらず、内部の業務内容や生産性の劇的な変化をもたらすことで、本当の意味での働き方の改革と、その取り組みに魅力を感じる優秀な人材の確保につながるでしょう。
いまでは終身雇用という概念も薄れつつあり、組織もそれを維持する前提の組織運営には限界が見え始めています。働く側から見れば、常に先進的な事業や業務に従事するということが不安の解消材料にもなり、優秀な人材ほどその傾向が高くなっているのではないでしょうか。
各組織における課題感は個別に異なりますが、組織や社会の壁がデジタル化によって低くなりつつあるいま、共通の大きな方向性に向かっているという実感を従業員が持つことが、結果的に組織へのエンゲージメントを高める好循環を生み出す原動力となるでしょう。
今後採用する人材の離職も防ぐ
では次に、今後採用する人材の離脱を防ぐにはどうしたらよいでしょうか。
一番重要な点は、採用時における組織側と人材側の期待値のミスマッチを減らすことではないでしょうか。人材の採用時には、お互いにたどり着くまでに、おもに公共職業安定所やエージェントなどのマッチング機能を活用することが多いでしょう。
しかしながら、たとえば主要な転職サイトだけでも複数あり、さらにその中に参加しているエージェントや企業、そしてそこに登録している求職者となると、全体から見ると非常に限られた範囲でのマッチングが行われているということに気づくでしょう。
また、実際に求職者が登録すると、エージェントから連絡が来て意に沿わないポジションを紹介されたり、場合によっては応募までする経験はお持ちではないでしょうか。もちろんこのことで、いままで求職者が気づいていなかった可能性を見つけ出すこともあるかもしれません。
しかし、実際にはお互い「限られた」選択肢の中で、また時間の制約の兼ね合いのなかで決断をせざるを得ないケースも多々あるのも現実です。組織や企業としては、一度入ってもらったからには離脱してほしくないわけですが、人材側も同じ温度感であるとは限りません。
「自分が選択可能な選択肢の中で」一番良かったという消極的な選択をしていることも多いのです。
自分で選択することの重要性
このような事態を少しでも減らすために、採用時点での取り組みが重要になってきます。前段で述べたように、人材採用にマーケティングのコンセプトを取り込み、自発的に「見つけてもらう」ことを起点にすることで、応募者側は積極的な選択をしているという認識を持つことができます。
結果として採用後の期待値やモチベーションの高さにつながっていくという効果が想定されます。
一般的なモチベーション理論の中に、「心理的リアクタンス」というものがあります。人には自分のことは自分で決めたいという欲求があり、有用な提案であっても人から「押し付けられている」と感じると抵抗を示すというものです。
子供のころに、自分で片づけをしようとしていたところに親から「片付けしなさい」といわれると、やる気がなくなってしまうという経験はないでしょうか。人には本能的に備わっている心理的反応なのです。
人材確保とインバウンドマーケティング
企業経営にとってますます重要性を増している人材確保ですが、人手不足の傾向が高まる中、有効な手を打てなければ致命的なことにもなりかねません。
そのためには、経営側は「働かせる」から「働いてもらう」に、働く側は「働かされる」から「働く」への変革が必要ではないでしょうか。この意識の変革こそがこれからの時代を生き抜くための「働き方改革」の根幹をなすものでなければ、小手先の施策は意味をなさないものになるでしょう。
それを実現するためには、すべての人が積極的な選択をするということが出発点です。そのために企業や組織が行わなければならないのは、エージェントなどを通じたアウトバウンド型のアプローチではなく、候補者に「見つけてもらう」ことに主眼を置いたインバウンドマーケティングの発想ではないでしょうか。
社会構造の変化、雇用形態の多様化、人手不足という外的環境の中で、事業を支えるのは最終的には人の力です。ぜひ新たな発想で人材の獲得と確保を実現してください。