プライシングの方法(価格の決め方)を戦略ごとに紹介
最近のマーケティングでは、マーケティングミックスである4Pの中のプロモーションに注目が集まっています。インバウンドマーケティングやコンテンツマーケティング、ソーシャルメディアマーケティング、広告など当ブログでもプロモーションに関する話題を多く取り上げています。しかし、マーケティングはプロモーションの話だけではありません。実際に購入を決定する人や企業の多くが、その価格についてを重要な要素として考えます。つまり、製品やサービスの価格は非常に重要なものなのです。今回はこの「価格」に焦点を絞ってご紹介いたします。
プライシングはマーケティングミックスにおける重要な要素
商品を販売する際、値段を決定することは、実は非常にデリケートで難しい問題です。商品の値段は事業の成否に大きな影響を与える、たいへん重要な要素となります。そこで知っておくべき言葉が「プライシング」です。プライシングはマーケティングにおける用語で、商品の販売価格を決めることを意味しています。価格戦略はマーケティングミックスである4P(製品:Product、価格:Price、場所:Place、プロモーション:Promotion)の1つにも組み込まれている大切な項目。
マーケティングにおいては、プライシングについて、勘や経験だけに頼らず、ダイナミックプライシングと呼ばれる、AIによって合理的に数字を導く方法も研究されているほどです。プライシングを行うためには、多くのデータを集め、それらを整理・分析する必要がありますが、考え方自体は複雑ではありません。プライシングについて理解を深め、自社の利益を最大限にする経営戦略を導き出しましょう。
さまざまなプライシングの方法を知るべき理由
プライシングにおいては多角的な視点で、その価格に正当性があるのか、高すぎず低すぎないかを検証する必要がありますが、そのためにはプライシングの方法を正しく身につけなければなりません。さまざまな手法を知ることで、自社商品により的確な値段が付けられるようになります。
では、商品の値段が正しく付けられることが、自社にどのような影響を与えるのでしょうか? 大まかに4つに分けて紹介します。
売上・利益を左右する
的確なプライシングは、企業の売上や利益を増やしていくことにつながります。値段を安くしすぎれば、数のうえではたくさん売れることも考えられますが、いわゆる薄利多売の状態に陥ります。反対に商品が高すぎれば、売れるたびに十分な利益が得られますが、まったく売れなくなる可能性もあるでしょう。
上手なプライシングをすれば、売上や利益が向上するだけでなく、顧客が増えることにもつながります。その分、市場での自社の価値も高まり、自社がどの程度社会に認知されているかの指標にもなります。逆にプライシングに失敗すれば、顧客が離れていったり、自社のブランドイメージが下がってしまったりすることでしょう。そのため、やみくもに無理なプライシングをするのではなく、売上率を意識したプライシングを心がけることが肝心です。
市場シェアに関わる
商品単体としての売上や利益は、企業にとって不可欠ですが、市場においてはもうひとつ、無視できない大切な項目があります。それが「市場シェア」です。市場で多くのシェアを獲得できれば、単純に売上が増大するだけではなく、ブランドイメージが高まり、価格の決定権も強く持てるようになります。たとえば、メーカーと流通業者などの間で行われる価格交渉の際には、十分なシェアをメーカー製品が持っていれば、わざわざ値引きをしなくても商品は売れるため、値引き要請を突っぱねることが可能です。また、販売数が増えればそれだけ規模の経済効果が生まれ、商品1つあたりの製造コストを下げられます。このように、市場シェアが高まることで様々なメリットを得られますが、そのため、多くの企業にとってシェアの拡大は重要視される項目の1つなのです。
価格を安定化できる
プライシングが自社に与える影響の中には、商品の価格を安定させるということもあります。価格が高すぎて売れなかったからとすぐに値下げを決めては、ブランドイメージの悪化につながります。安易な値下げは、顧客に「品質を落としたからでは?」と疑われることにもなるでしょう。逆に相場より安い価格でよく売れたからといって、すぐに値上げに走っても、顧客の反感を買う危険性が高まります。
最初から安定した価格を付けることができれば、このようなことは起こりません。正しいプライシングが重要なのは、こうした背景があるからです。
いずれ値上げや値下げをするとしても、顧客の疑念や反感を得ないように注意をすること。もっといえば、そうした値上げや値下げすらもあらかじめ計画に織り込み、戦略的にプライシングを運用して、顧客からの信頼感を失わないことが求められます。
他社への対抗策になる
顧客は常に自社と競合他社の商品やサービスを比較検討し、優位性の高い方を選択しています。その優位性が価格であることも多く、競合する商品をより安い価格でプライシングすることは、極めて有効な方法です。圧倒的に安い価格で市場に参入すれば、その他の企業に強烈なインパクトを与えることにもなります。既存の商品でも、他社に先がけて値下げをすれば、それだけ優位性を確保できます。また、キャンペーンなどの一過性の値下げなども他社への対抗に十分になり得ます。その場合は、もともとの自社の顧客を守りつつ、競合の顧客を奪える可能性も期待できるでしょう。
戦略ごとに異なるプライシングの方法
このようにプライシングにはいくつもの目的があるため、価格を決定するにあたっても、いくつもの方法が用意されています。プライシングには商品を購入する顧客の気持ちや、競合他社に対する優位性などについても見据える必要があります。ここでは、4つの分野に整理して、プライシングの方法をお伝えします。
コストから考える
一定の利益に生産にかかったコストを上乗せして機械的に数字を出すという、コストをもとにして考える方法があります。この方法のメリットは、商品が売れれば、期待値通りの利益が入ってくることです。ただし、コストは常に同じ金額というわけではありません。コストは生産数に依存するので、たくさん商品が売れればコストは下がります。また、コストを決める要因は単に原材料の価格だけではありません。複雑な工程を単純化したり、異なる商品と同じ部品を使用したりすれば、品質を損ねずにコストを下げることは可能です。特に新商品の開発においては、既にある資産や技術を活かすとコスト削減に効果的です。このように、コストを値段に反映させる場合は、常にコストのことを考える必要があります。
需要から考える
プライシングは需要の多さによっても決めることができます。コストを反映させて値段を決定するコスト積み上げ式のプライシングが企業側の都合で決まる方法であるのに対し、需要から決めるやり方は顧客の都合に合わせる方法なので、「顧客が考える相場の金額」とも言い換えられます。
どの程度の値段なら受け入れられるのかを判定する方法として知られているのが、「PSM分析」と呼ばれる分析方法です。PSMは「Price Sensitivity Measurement」の略で、価格に対する顧客の感度を測る調査を意味します。この方法では想定する商品に対して「高くて買えない価格」「高いと感じる価格」「安いと感じる価格」「安くて品質に不安を感じる価格」の4つの価格を聞き取り、実際に購入につながると予想される価格帯を明らかにします。また、特定の価格を提示して同様に4つの質問をすることで、より厳密に適正な価格を導くことができます。
競争から考える
次に紹介するのは、市場で争う競合相手(商品)の価格をもとにして決める方法です。競合企業を設定したら、その競合と同等程度か、もしくは少し安い設定にして顧客を奪うという手法です。特に先行企業が大きなシェアを持ち、価格決定権を持っている場合は、それに対抗する策として有効になります。また、他の企業が先手を打って値下げに走った場合には、同じ程度に値下げを行うことも考えられます。常に競合や市場の動向に注意し、それに対抗していくことが必要になるプライシングの方法です。
心理から考える
最後に紹介する方法が「心理から考える」値段の決め方です。この方法は、顧客が感じる心理をもとにしており、コストや需要、競合比較などとは違って、合理的な根拠がありません。それだけに、市場や商品の種別、競合の有無や強さを問わず利用することが可能で、かなりノウハウを積んだ企業・担当者が行う手法です。地道な調査などを必要としないので、すぐに使うことができますが、コストや需要、競合比較などの手法と組み合わせることで、さらに確実性の高い数字を導くことができます。
心理を使って価格を決める方法はいくつかありますが、ここでは3つほどご紹介いたします。
段階価格
「段階価格」は、似たような商品やサービスに複数のグレードを付け、特定のグレードに人気を集中させる方法です。種類が1つだけでは、顧客はそれが良いのか悪いのか判断しにくく、また種類が多すぎてもどれを選んでいいか分からなくなります。そのため、段階価格では3つのグレードを用意するのが良いとされています。いわゆる「松・竹・梅」という並びですが、選択肢を3つ用意されると、多くの顧客は「松のグレードは、価値はあるが高すぎる。梅のグレードは、値段は安いが貧弱すぎる」と判断する傾向があるので、「質と値段のバランスが取れている」とみなして竹のグレードが選ばれる可能性が高くなるのです。
名声価格
「名声価格」は「価格シグナル」とも呼ばれ、高い価格がそのままブランド力になるという考え方です。いわゆるブランド物は、すべてこの名声価格を活用した値付け方法です。
これまでに示したように、価格はコストや需要によって上下します。その結果、市場の中で競合が生じても、本当に価値のあるものは値下げ圧力を跳ね返して高い価格を維持できるのです。つまり「高い価格=何が起きても変わらず価値のあるもの」と言い換えることができます。また、顧客にとっては、そのような商品を持っているということが、自分の自尊心にもつながります。
慣習価格
「慣習価格」は、その名の通り、慣習的に用いられている価格のことを指します。コストや需要など、価格決定には様々な背景がありますが、長年の間にそれらが平衡して、特定の金額で固定化されたものをいいます。
たとえば、自販機の清涼飲料水は、安いもので100円や110円、高いものでも150円や160円で均衡しています。サイズが小さいからといって40円や50円の商品はなく、いかに「プレミア高品質」を謳っても300円を超えるような商品はありません。せいぜい1.5倍の範囲で収まります。このように「慣習価格」でプライシングする場合は、生活者の「価格相場」に見合った価格の設定を行うのが良いでしょう。
今後注目のAIによるダイナミックプライシングについて
インターネットやAIが発達したことで、最近では様々な環境要因をデータとして使い、リアルタイムにプライシングを行うダイナミックプライシングが広まってきました。ここでは、今後さらに浸透が進むとされるダイナミックプライシングについて解説します。
ダイナミックプライシングとは
ダイナミックプライシングとは、実際の需要と供給の関係、曜日や時間、天候や場所など、販売状況を左右する環境要因をAIで分析し、その場で最適なプライシングを行う技術です。たとえば、航空チケットの販売であれば、実際にどの程度チケットが売れているかを把握したうえで、これから売れるチケットの値段がどのように推移するか予測します。そして、値下げをした場合のシミュレーションを行い、どのタイミングでどれだけ値下げをすれば良いかを決定するのです。最終的に満席となり、かつ、その時々の最も高い価格でチケットが売れた状態になるよう、実際の販売状況と照らし合わせながら運用するがダイナミックプライシングです。顧客からしても、条件によっては最安値で商品・サービスを提供されるというメリットがあります。
近年の動きと問題点
ダイナミックプライシングはその性格上、ネットで完結したり、販売総数が決まっていたりする業態において導入しやすい仕組みです。
たとえば、チケット業界では、スポーツの試合やコンサートライブのチケット販売などに活かされています。特にダイナミックプライシング発祥の地であるアメリカでは、リーグの優勝がかかった試合や、有名選手の引退試合などの付加価値が高い試合をはじめ、当日の天気やチームの調子に至るまでデータ化し、チケット価格に反映させています。また、日本国内においては旅行などの際の宿泊料金や航空チケットなどが有名です。
ネットショップ大手のAmazonでもいち早くダイナミックプライシングを導入し、特定の商品の人気が高まった場合は、サイトでの表示価格を自動的に上昇させています。しかし、フロリダ州に大型台風が上陸した際には、多くの人が防災グッズを購入したため、AIがボトル水などの生活必需品の価格を大きく上げてしまいました。災害時に値上げをするのは倫理的に問題があるとされ、Amazonは世間から厳しい批判を浴びる羽目になったのです。
このように、行き過ぎたダイナミックプライシングには、顧客にとって「不当な値段だ」「企業がもうけるための仕組みだ」と思わせてしまう危険があります。人間が決めていれば、なぜその価格にしたのか説明もできますが、AIによる計算ではそのプロセスが見えない場合において、一度算定されてしまうと説明をするのが困難です。今後、AIによるダイナミックプライシングはこれらの問題点を改善していくことが予測されますが、ダイナミックプライシングを導入する際には、はじき出される価格の上限や下限に注意する必要があるでしょう。