PEST分析の意味とは?基本的なやり方についても解説
PEST分析とは、自社を取り巻くマクロの環境要因に注目し、事業の戦略立案などに活かすためのフレームワークのことを言います。「PEST」は、Politics(政治・法律的な要因)、Economy(経済的な要因)、Society(社会・文化・ライフスタイル的な要因)、Technology(技術的な要因)の頭文字を合成したもので、これらを分析することで、ビジネスのニーズや市場の変化、自社に対する影響などを見出します。今回はこのPEST分析について詳しく解説いたします。
PEST分析の意味とは
PEST分析はマーケティングにおける大家であるフィリップ・コトラーが提唱したことで注目を集めました。コトラーは「市場を再定義する」という言葉でも知られており、視点や考え方のフレームを変えることで、新しい市場が発見されるとしています。
PEST分析は、同じく事業における機会や課題を探るためのフレームワークである3C分析やSWOT分析などとも連携して使用します。事業活動や経営管理においては、いくら自社ががんばったところで、その成果が外部環境とマッチしていなければ、市場で受け入れてもらうことはできません。逆に、外部環境の変化に応じていち早く対応を図れば、成長分野の勢いに乗って自社の事業を拡大することが可能です。
PEST分析は、多くのフレームワークの中でも、かなり早い段階で行うことが望ましい手法です。しかし、実際にPEST分析を行おうとしたとき、どこまでの情報をどのように収集しどう整理するべきか、疑問を抱く方も多いでしょう。また、整理はしたものの、そこから有意義なヒントや結論を見出すことができないといったことも考えられます。さらに、PESTが示すところの4つの領域については分析できていても、それぞれをどのように連携させて考えればいいのか分からず、そこで止まってしまうかもしれません。フレームワークは、そのままではただの箱であり、情報を詰めたところで「穴埋め試験」と変わりません。そこで次の章からは、PEST分析のやり方について解説します。
PEST分析が必要な理由
自社の戦略立案などに、なぜPEST分析が必要なのでしょうか。自社の事業の成否は、常に世の中の状態や変化、つまりマクロの環境に大きく依存をしています。
たとえば、法律が変わったら昨日まで販売できていたものが、明日からは販売できなくなるかもしれません。消費税がアップしたら買い控えが起きたり、増税前の駆け込み需要が発生したりすることも予測されます。こうした情報は知っている者には有利に働きますが、知らない者にはデメリットをもたらすことになります。そのため、普段からの情報収集は欠かせません。けれども、この程度の、誰でも知ることができるような情報では、差別化にならないことも十分にあり得ます。
そこで、マクロの環境を広く深く分析することで、他社がまだ気付いていないうちに、市場に潜んだチャンスやリスクを発見することが重要になるのです。機会や課題が分かれば、自社にとって有利になっていく市場にいち早く進出でき、不利になっていく市場からは人知れず手を引いていく、などの経営判断を下すことも可能になります。
こうした予測や判断をするうえでは、漠然と情報を収集してみても整理や分析が追いつかず、非効率になってしまいます。また、人によって見る角度が違って議論がかみ合わなくなることもあるでしょう。そんなとき、大きな武器となるのがPEST分析なのです。
PEST分析の各要素について
それではPESTを構成する4つの分野について、それぞれどのような情報が対象となるのか、それらをどのように整理分析すればいいのかを、順を追ってご案内していきましょう。
P(Politics:政治的要因)
政治的要因は、法律や条例、規制緩和や税制の変化など、ときに強制力を伴う行政の動向や、それにつながる政治的な動きなどの全てが調査対象となります。市場での競争方法を決めるルールそのものが変わることは、企業にとって有無を言わさぬ変化となります。また、自社と関係のない市場でのルール変更は基本的には対象外となりますが、玉突き式に影響が及ぶ場合は無視できなくなるでしょう。
たとえば、食品業界ではそれまで認可や認証が必要だった「特定保健用食品」や「栄養機能食品」に対し、規制緩和により、届け出さえすれば誰でも表示が許される「機能性表示食品」を設けました。これにより、それまで「表示の有無」で分かれていた市場に境がなくなり、新たな競争環境が生まれました。このようにPEST分析では、マクロ環境の変化が市場そのものの構造を変えたり、ときには市場が分裂したり、合体したりするなどに発展することを見据えて予測を行うことが大切です。
E(Economy:経済的要因)
経済的要因は、景気の状態や成長率、物価や為替の変化など、経済に関する環境変化が調査分析の対象となります。これも企業の事業内容によっては国内にとどまらず、各国の成長率や金利の変化なども追いかけていく必要があります。相手国の購買力が高まっているなら、それに合わせて高額帯の商品に重心を移すという選択肢もあるでしょう。輸出入が多い事業分野であれば、1ドルの価値が1円上下するだけでも利益に大きな影響を与えますので、長期予測は欠かせません。
経済的要因では、こうした表面的な数字だけではなく、より踏み込んだ視点で観測し、そこから数字を拾っていく必要があります。自由市場においては、その価格や利益は需要と供給のバランスによって決定されます。そのため、コストという視点で見れば、原材料の価格に限らず、人件費なども無視できません。人手不足が高まれば、人件コストは徐々に上がっていきます。価格に転嫁するか、自動化するか、あるいは一部のサービスを撤廃するなど、さまざまな対策の準備が必要です。売上という視点で見れば、たとえば賃金動向や消費者指数も見逃せない情報。賃金が下がれば高価格帯の商品を販売するには不利ですが、低価格帯の商品の販売には有利に働くかもしれません。
S(Society:社会的要因)
社会的要因は、企業や消費者を取り巻く社会全般を指し、流行や風俗、ライフスタイルなどが調査分析の対象となります。これらは法律や数字などで具体的に把握ができる政治要因や経済要因とは異なり、ともすれば対象が漠然としており、また極めて広範にわたります。ただ、視点としてはあくまで追いかけるのは「変化」です。やみくもに無数のターゲットの現状を分析していたのでは、いくら時間があっても足りません。そこで、変化のないものは相手にせず、動きのあるものだけにフォーカスし、その対象を分析するのです。
社会的要因として考えられるのは、人口バランスの変化、ライフスタイルの変化、新しい流行、社会的インフラの変化、人々の意識を変えるような社会的事件、大きなイベントなどです。たとえば、サッカーのワールドカップや五輪大会などは、それに合わせて消費行動を変えるほどのインパクトを持っています。
大きなトレンドとしては国内では少子高齢化や、とくに最近では単身世帯増加の流れも止まりません。コンビニエンスストアなどでは、小さく小分けにされた野菜や惣菜が人気ですし、飲食店などでも「おひとりさま」が利用しやすいような形態が増えています。
T(Technology:技術的要因)
最後は、技術的要因です。技術的要因は、技術の進歩や革新によりそれまで通用していた競争力が失われたり、技術自身が新しい市場を創り出したりするなどの、技術がもたらす環境変化が調査分析の対象となります。技術が変えるものは、商品開発や生産工程など一般市場からは見えないもの、新しい商品やサービスに反映されて広がっていくものなど、さまざまです。
たとえば、自動車業界では電気自動車やハイブリッドカー、あるいは自動運転車など、次世代に向けた技術開発が長年にわたって繰り広げられています。その結果、各社が保有する技術を統合するという目的もあり、世界的に大手メーカーの合併劇が進んでいます。また、今やどのような業界であってもIT・デジタル技術と無縁ではいられません。普及が進むスマートフォンの機能の進化は、そのまま消費者行動に影響を与え、新しい市場のチャンスを生み出し続けています。決済のキャッシュレス化もますます進んでいくでしょう。さらに近年ではAIが進化し、音声だけで買い物ができたり、これまで必要だった接客業務が不要になったりしています。
PEST分析の基本的なやり方
実際にPEST分析を行う方法について、簡潔にご説明します。
目的の確認
最初にするのが、何のために分析をするのかという目的の確認です。単純にPESTを調査しただけでは意味のある結果を生み出すことはできません。
PEST分析を含むフレームワークは「機会と課題」「チャンスとリスク」を見出すツールと言われています。そしてPEST分析は、市場を取り巻くマクロ要因の分析でもあります。つまり、市場の変化を先読みして自社にとってのチャンスを見つける、もしくは自社にとってのリスクを見つけることが、原則としての目的なのです。
情報の収集
ゴールのイメージができたら、さっそくPESTの各分野から情報を収集していきます。情報は、できるだけ信用できる公的機関や専門家の手によるデータやレポートを参照します。ライフスタイルが入る「社会」では、漠然とした情報を収集することもありますが、たとえば「最近はミドルの女性でもInstagramの普及率が増えている」などの現象でも、報道によるニュースなどで終わらせず、具体的な調査結果などを探すことが大切です。
情報の整理
集めた情報は「環境変化」と、それに伴う「チャンスとリスク」に分けて整理します。集めた個々の情報は、必ずしも同じ方向を向いているとは限りません。単に並べただけでは、重要度の違いも分からないでしょう。多くの中でも、市場により強い変化を促すカギとなるような環境要因はどれなのか。また複数の要因が同じ方向を向いていれば、そこを取り出し、変化の方向を明快にすることができます。
PEST分析の注意点
このように、非常に網羅性が高く、効率的に設計されているPEST分析ですが、いくつか注意点もあります。まず、ここまで何回もご紹介しているように、PEST分析はあくまで大きな規模の外部の変化を対象にした手法です。「内部業務の効率化」のために使ったり、「10人に行ったユーザーインタビュー」の分析に使ったりするのは的外れとなります。
同様に、時間軸としては中長期の計画作りに向いています。「来月の営業計画」のような短期のものには向いていません。なぜなら、PEST分析が扱う「マクロの環境変化」は、その規模が大きいほど、何年もかけて変化することが多いからです。たとえば、五輪なども見かけは一過性のイベントですが、準備やその遺産性を含めれば、軽く10年を超える時間軸で社会に影響を与えます。
また、形通りの分析を行うだけでは、同じようなデータを使った他社と違いが出せなくなります。外部環境の変化はあくまで対策を考えるための素材に過ぎません。大事なのは、その変化がどのように市場に影響を及ぼし、市場の姿や形を変えていくのか、という未来予測にあります。たとえば、デジタルカメラの登場でフイルム市場はほとんど消滅してしまいました。「それでも市場はある程度は残る」と予測した米コダック社は倒産し、「市場は消え去る」と予測した富士フイルムは事業転換を図り生き残りました。このように、できるかぎり正確な未来を予測することが企業の将来を決定します。そのための強固な裏付けとなるのがPEST分析なのです。